教会の歴史 |
福音伝道教団 大泉キリスト教会 Oizumi Christ Church |
毎週日曜日 朝10時半より礼拝 Second Sunday PM 2:00 English Service |
連絡先 群馬県邑楽郡大泉町住吉30-8 (ベスタ大泉近く) 電話 0276-63-2329 |
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大泉キリスト教会の歩み |
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第一章 草創期(戦後) (1948年[昭和23年]~1962年[昭和37年) |
大泉町(旧小泉町)の宣教は、1949年、館林教会(小林誠一師)に出席していたI姉の祈りや館林教会の協力で開拓伝道が開始された。大泉南部公民館やI姉宅が会場として用いられた。日曜学校が始まり、A姉(後のU牧師夫人)、S姉等が導かれる。その後も、次々と受洗者起こされる。 56年、I姉宅の2階で毎週金曜日に小林師による集会が持たれた。58年、学塾生柳田美津子修養生が館林より派遣され、下小泉宮下のN宅2階にて礼拝が開始される。 58年横浜の新子安にあった米軍キャンプの解体材を利用して会堂を建設した。 59年1月28日、献堂式が行なわれる。 60年、阿部ルツ子師が大泉教会伝道師就任に、さらに62年、岡部高明師が伝道師に就任した。その年、週報第1号を発行する。毎朝6時からの早天祈祷会、毎週火曜日夜の路傍伝道も始まる。大挙伝道会等を開催する。 |
第二章 発展期 (1963年[昭和38年]~1982年[昭和57年]) |
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63年に、青年会「月報」を創刊する。また青年会主催で特別伝道会や尾島教会との合同青年会と交歓会を行う。 66年、皆川誠伝道師(主管牧師:小林誠一師兼牧)が任命される。 70年内田寿子師就任。72年、宗教法人「福音伝道教団大泉キリスト教会」が設立される。 76年、赤松弘師主管牧師就任(兼牧)。 78年、岡部高明師(聖書学院長)が主管牧師を兼務し、伝道実習生として八町勇学院生が奉仕する。 同年、吉田欣司師が主管牧師を兼務し、八町勇伝道師が就任する。 81年からELIスクラム伝道が始まる。ELIスクラム伝道は、 以後、1989年まで9回行なわれ、ELI英会話参加者の中から多くの決心者、受洗者が与えられる。そのうち、ELIキャンプで信仰告白した2名が後に献身し牧師となる。 |
第三章 発展期2 (1983年[昭和58年]~2002年[平成14年] |
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引き続きELIの働き等により、受洗者が与えられる。92年、ガーナ人の結婚式を行う。同年、第1回クリスマス・バザーを行なう。93年3月、大泉キリスト教会ビジョンが発表される。 〈教会形成の基本理念〉 「福音に生かされ宣教する教会」 (ローマ1:16,マタイ28:19) 〈教会形成の五つの柱〉 1.祈り 2.みことば 3.御霊 4.神の愛 5.信徒の賜物 〈五つのビジョン〉 1.地域に開かれた教会 2.愛と祈りと賛美の教会 3.伝道する教会 4.50人教会 5.新会堂建設 この頃から新会堂を求める声が上がり始める。94年、牧師より会堂建設に対し、ハガイ書1章8節が与えられ、確信が与えられたとの報告がある。95年 教会総会において、「教会建設を向こう5年以内に行なう。」との決議をした。 |
第四章 新しい時代に備えて (2003年[平成14年]~2010年[平成22年]) |
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97年~2003年、新会堂建設について祈りつつも具体的な動きがなかった時期。2004年、牧師に新会堂建設への強い願いが与えられ、確信へと導かれる。2005年、責任役員会において新会堂建設を行なうことを決定する。2月20日、教会総会において新会堂建設を行なうことを決議し、会堂建設委員6名を選出する。T建設より新会堂建築設計図、見積書が提出される。4月1日、会堂建設委員会、責任役員会において次の事項承認。1)新会堂建築予算案総額、2,653万円を承認。2)教会債発行による新会堂建築資金600万円の借入を承認。3)3月25日に提出された新会堂建築設計図、及び見積書を承認。4)T建設との新会堂建築施工契約を承認。2006年5月7日、臨時教会総会において、責任役員会が提案した4月1日の4項目を可決承認。7月9日、起工式。9月2日、上棟式。12月14日、建築工事竣工、引渡し。12月17日、新会堂で最初の礼拝。2007年1月20日、献堂式。2009年、牧師に大泉教会の将来のため中川信嗣師を副牧師に招聘したいという思いが与えられ、確信に導かれる。11月15日の臨時教会総会の議決を経て正式に中川信嗣師を招聘することを決定。2010年4月1日 中川信嗣師大泉キリスト教会担任教師(副牧師)に就任。2012年3月、八町勇主管牧師退任、同年4月中川信嗣副牧師、主管牧師に就任する。 |